最近、アスリートが試合で最高のパフォーマンスをするために瞑想をしているという記事をよく見かけるようになりました。ヤクルトスワローズのホセ・オナス選手、パドレスのダルビッシュ選手もその一人。日本のスポーツ界でも瞑想をトレーニングに取り入れている人が多くなってと最近感じています。
海外では以前から瞑想をメンタルトレーニングとして行っているアスリート(例えばプロゴルファー、プロテニスプレーヤー等)やチームは多く、「シアトルシーホークスがチームで瞑想を行った結果スーパーボールで優勝した」ことは有名な話です。
以前blogでアスリートがなぜマインドフルネス瞑想を行うのか、どのような効果があるのか?等いつくかの論文を参考にまとめて書いていますが、最近アスリートの心の動きからマインドフルネス瞑想について考えるようになりました。
そのきっかけは2つあります。
一つは、アメリカオリンピック・パラリンピック協会シニアスポーツ心理学者がオリンピック選手の心の動きに関する話をしている動画で、
「アスリートが自分のマインドがどのように機能しているのか?を知り、心の扱い方やあり方を学べば自分の持っている潜在的能力を発揮することができる」
と言っていたこと。
もう一つは、オリンピックページで、
「マインドフルネスは、今、この瞬間の考え、感情、感覚を気づく助けをしてくれる。マインドフルネスは、身体感覚に意識をおくことであり、多くのオリンピック選手がトレーニングを最適化するためにそれを使う理由。アスリートがフィールドに足を踏み入れた時、自分の体が脳に送る情報に集中することに意識をおくことができれば彼らはライバルよりはるかに先にいくことができる。」
と書いてあったこと。
アメリカの大学院でスポーツ心理学を勉強した時に、教科書でマインドフルネス瞑想をメンタルトレーニングとして紹介をしていることに衝撃を覚えたのを今でも覚えています。
そして、マインドフルネス瞑想は、個人のパフォーマンス向上だけではなく、チームの協調性やチーム力の向上、アスリートとコーチとの関係性の向上、怪我からの復帰のサポート、アスリートのメンタル問題の治療の選択肢の可能性や実際に治療に用いていること等を学びました。
なので、私が「アスリートのためのマインドフルネス瞑想」を教える時は、スポーツ心理学、脳科学、仏教哲学・理論という視点で「アスリートの心の動き」をテーマごとで伝えるようにしています。
そこで、今年開催したワークショップでお伝えした「アスリートの心の動きの捉え方とマインドフルネス瞑想がどのように役に立つのか?」を簡単にblogでご紹介することにしました。このblogをきっかけに一人でも多くの人のアスリートやスポーツ愛好家がマインドフルネス瞑想に興味を持ってもらえたらと嬉しいと思います。
そもそも「瞑想」とは何か?
本当に多くの人からこの質問をされます。私もちゃんと整理して回答をすることが難しいと思っています。瞑想を勉強し始めた時は、よくわかっていませんでしたし、今でも、とてもconfusingと思っています。
なぜならば、「自分が教えている瞑想以外は瞑想ではない」と言う指導者がいたり、心を静めて神に祈ったりすること、宇宙との交信すること、内観プロセス、呼吸法など、それぞれの目的や方向性など内容やそのプラクティスの由も様々だからです。でもそれらすべて「瞑想」という言葉を使っているからです。
ただ、1つ共通点していることは、「意識をひとところに置く」ということなのでは?と今は思っています。
私が練習しているマインドフルネス瞑想は、仏教が由来です。これは、ブッタが行った瞑想で、「観察対象になっているものに『注意を振り向けて、しっかりと把握する』身心の観察の練習です。
このブッタが行った瞑想が、東アジアへそして日本と伝播していき、その過程で新たな要素が加わっていったそうです。そして、心理学の注意の焦点化理論と組み合わせて、臨床的な技法として体系化し、仏教色を排し現代的にアレンジしたマインドフルネスストレス低減法(MBSR)が始まったり、様々な形で西洋に瞑想が浸透していったそうです。スポーツ心理学の教科書に出てくるマインドフルネス瞑想もその説明から仏教色を排していますが仏教由来の「心と体を観察する練習」だと言えると私は考えています。
アスリートにとって重要な自然体とはマインドフルな状態
アスリートはよく「心技体」や「自然体」という言葉を使います。それは、試合で最高のパフォーマンスをするには、心と体と技術とが整っていて、変な力みがなく、ちょうどいい力をちょうどいいタイミングで出すことが必要でそれを可能とする状態が「自然体」だと考えているからだと思います。
でも、試合で毎回最高のパフォーマンスをするということはとても難しいことです。
勝たないといけないと思ってしまうと、自然と力が入りますし、負けたらどうしようと思っても、力が入ってしまいます。
午前中調子が良くても、午後になると体が重く感じたり、試合会場もその日の天候や気温で状態は変わるし、会場の雰囲気も異なります。また、試合前のルーティーンの時の感覚や縁起担ぎをした時の気持ちに左右されたりもします。
練習でも同じです。コーチの一言で上手くいかなくなったり、他の選手の練習を見て、「あの選手よりもう一本多めに走ろう!」と思って普段より多く走ったりしてしまいます。また、十分な練習ができていないと自信をもって試合に臨めないから、必要以上に練習をしてリカバリー不足のまま試合に臨んでしまったりもします。練習不足の感覚とオーバートレーニングとは紙一重で、「きつすぎず・ゆるすぎず」のバランスが非常に難しいですよね。
この「自然体」で試合に臨むとは?
「きつすぎず・ゆるすぎず」とは?
どのような状態のことを言うのでしょうか?
そのヒントは、「自然」という言葉にあると思います。
「自然体」とは、力まずものごとに望める状態です。そして「自然(しぜん)」という言葉、江戸時代まで「じねん」と読んでいて、「万物が現在あるがままに存在している、あるがままの状態」を表す言葉でした。
つまり、どのような状況でも、感覚でも「あるがまま・ありのまま」に捉えてることができれば、必要以上に力まずに試合に臨める、丁度いい量と負荷の練習やトレーニングができることになります。
これをマインドフルネス瞑想では、「マインドフル」「マインドフルな状態」と言います。
「マインドフル」とは、「心と体がシンクロしている状態、全ての動作や所作に意識が行きわたっている状態、今ここにいる」を指します。
よく、コーチとかが「練習に身がはいっていない」とか「さっきのパフォーマンス、身が入っていない」と言います。この「身がはいっていない!」というのが「マインドフルではない状態(マインドレスな状態)」なのです。
マインドフルネス瞑想でたどるアスリートの心の動き
アスリートが行う一般的なメンタルトレーニングは、パフォーマンスを最適化するためにネガティブなイメージを修正・停止することが必要という考えられています。例えば、試合中にミスをしてしまった時に、「切り替えて!」とコーチは言います。しかし、ミスしたことを忘れようとすればするほど、ミスしたことに気がいってしまい、集中に欠けてしまい、更にミスをしてしまいます。
ネガティブなイメージを修正・停止しようとすると、皮肉にもそのネガティブなイメージに執着してしまい、そのイメージが繰り返し出てくる、様々なネガティブ感情がどんどん展開していく、そして、パフォーマンスに影響が出てくるという結果になりますよね。
それはなぜでしょうか?
まず、「脳の働き」を視点にみてみましょう。
勝手に信じていることや思い込みは、脳の働きにより、今まで見た事、信じてきたこと、学習してきたこと、環境の繰り返しで、これが自分の信念、思い込みになっていくからなんです。
例えば、人前で話すのが苦手という人は、もしかしたら、小さい時に親から、「この子はシャイだから」「小学校の時にみんなの前で話したら大笑いされた」という経験があり、脳はこの経験を覚えていて、「その思い出を正しいということを証明してあげるね!」と脳が動き、それを裏付けるような証拠を探しにいきます。そうすると、「心臓がばこばこしていること」「手に汗がでていること」「ミスを起こすような状況」を脳が探しに行きます。だから、本来やるべきことに集中せずに、違うところばかりに意識が行きます。そうすると、「やっぱり駄目なんだよね!」と思い込みが強くなっていきます。
まだ起きていない将来のイベントに対して不安に思うこと、過去のイベントを思い出して不安に思うことを自動的に私たちはやっています。
次に「心の動き」を視点にみてみましょう。
私たちは感覚器官を通じて外界を認識し、目では、色とか形とか、耳では、音、鼻では匂い、身体によって接触感。これら全て「情報」なんです。この情報がもとになって、心の働きが自動的に生じて、心は勝手に拡張していきます。
例えば、練習場に歩いている時に、向こうから歩いてくる選手とすれ違いざまに肩と肩がぶつかったとしましょう。この時、「肩がぶつかった」「痛い」以外に何をしますか?
何も言わない、何もしないでその場をスルーするでしょうか?
「どこ向いて歩いているのか?」と声を張り上げるのか?
「今のわざと?」「自分に妬いているのか?」等相手に対する怒りなど様々な感情が現れますか?
野球場で、「おい!」と観客の声を聞いた野球選手はどうでしょうか?
「え! うるさいな」「またヤジかよ!」など心の働きが連続していき、聞いている音自体に注意を振り向け続けることを普通はしないと思います。
私たちは、感覚的に捕らえたことに対して、情報だけでなく様々な感情が展開し、言語化し、直ぐ「〇〇だ」という判断が生じます。そして、行動に移します。
窓の外の車を見れば「車だ」、音を聞けば「車の音だ」と言葉によって認識し、「うるさい」と心が働き窓を閉める。
私たちが五感で感じとっていること、そして私たちの身体の動きを対象化して、それに注意を振り向けることで、心の動きそのものに気づくことができるのです。
マインドフルネス瞑想の練習は、静かに坐って心の動きと働きを知る練習なのです。その基本練習として自分の呼吸を活用します。静かに坐って呼吸に意識をおくことで、私たちには、感覚的に対象を捉える働きと言語で認識するという機能の2つが備わっているということを理解するようになります。
呼吸の「入る」「出る」を観察対象にして、どこからから音が聞こえても、音には注意を払わず、他のことを考えた時も、軽やかにまたすぐ呼吸の観察に戻ります。
実際のやり方を紹介した動画がありますので、実際にやってみたい方は、こちらの動画を参考にしてみてください。
集中力と洞察力の両方を育むマインドフルネス瞑想
アスリートが極度の集中状態にあり、他の思考や感情を忘れてしまうほど、競技に没頭しているような状態(感覚)のことをゾーンと言います。人によっては、「自分の動きを客観視している状態(感覚)」「幽体離脱して自分を客観的にみている感覚」と表現する人もいます。そして、ゾーンに入るメンタルトレーニングのテクニックもスポーツ心理学の教科書に紹介されていて、実践しているアスリートもいます。
一方、「メンタルトレーニングを一生懸命やっても全くできなかったし、効果がなかった」というアスリートもいます。そのアスリートがマインドフルネス瞑想の練習をしたところ、「パフォーマンスが上がった」という例もあります。
私は、ゾーン状態とは「心と体がシンクロしていて、今この瞬間を鮮明且つ微細に捕らえられていて、瞬間、瞬間変わりゆく動きや状態を統合的に捕らえられていて、全ての動作に意識が行きわたっている状態」つまりマインドフルな状態だと考えています。
アスリートには「集中力」と「様々なことに気づく洞察力」が必要だと思います。避けたいのは、一つのことに対して過集中になって視野が狭くなり、自分の置かれている環境や状況を把握する洞察力が鈍くなってしまうこと。
私が教えているマインドフルネス瞑想の練習は、基本的に観察対象物は1つ。呼吸です。注意を振り向ける対象が1つに限定しているので、心の働きは静かになって、私たちの持っている感覚器官も全般的に静まっていきます。1つのことに注意を振り向け続けているので集中力は高まります。この練習を仏教用語で「止」の瞑想(サンスクリット語ではシャマタ瞑想)と言います。
この基礎練習ができるようになれば、観察対象物を「呼吸」から「動く足」と歩く瞑想を行ったりします。そして、次に洞察力awarenessを育む練習をしていきます。この練習を仏教用語で「観」の瞑想(サンスクリット語でヴィパッサナ瞑想)をやります。
「観」の観察は「止」の観察と異なり、呼吸の入る、出るに加えて、音が聞こえてくれば音に注意を振り向け、坐っている床の冷たさにも注意を振り向けます。このように沢山のものを観察の対象にするので、心の働きはとても忙しくなりと同時に、いくつものことに気づいていくこともあります。そして、洞察力が高まっていきます。
最終的に、呼吸に25%、自分の周りに75%と意識を向け、呼吸をアンカーに使いながら物事をありのままに観察していく練習をしていきます。
心のありよう・扱い方を学ぶマインドフルネス瞑想
冒頭で紹介したアメリカのオリンピック・パラリンピック協会のシニアスポーツ心理学者のピーター先生が動画で言っていることを少し紹介したいと思います。
ピーター先生は、オリンピック競技に参加している選手を対象に彼らが競技している時の感情について調査をしました。
その結果、選手は、「ポジティブな感情でいるとパフォーマンスが上がると自分を説得している」ということが分わかりました。しかし、ピーター先生が「でも、結果は誰もわからないですよね。そうすると、どのような感情が現れてきますか?」と聞くと「怖い、不安、心配」といったネガティブな感情と答えました。
選手はポジティブな感情で競技をしたいと自ら説得をしようと試みるんですが、実際は「怖い」「不安」「心配」というネガティブな感情をもちながら競技をしているということがここからわかり、それを受けてピーター先生は、「アスリートが自分のマインドがどのように機能しているのか?を知り、こころの扱い方やあり方を学べば自分の持っている潜在的能力を発揮することができる」と言っています。
これはどういうことでしょうか?
気分が良いとよいパフォーマンスができると思っていても、失敗したらどうしようというネガティブな感情が出てきてしまって、それにとらわれてしまうとその瞬間に注意や意識が向かなくなるという結果になってしまうということ。
トップアスリートだけでなく、選手はみな、大切な試合になればなるとど、気合と不安の狭間にいて、自分の持っている力を発揮できなかったり、いつもと違う雰囲気やコンディションに惑わされてしてしまって、そうすると、その瞬間やらなければいけないことに集中ができない、力んでしまい、本来の動きができなくなります。
しかし、自分の心の状態を知り、こころの扱い方を知れば、違う雰囲気やコンディションに惑わされなくなり、その瞬間やらなければならないことに集中ができるようになる、意識が向いているので、本来の動きができることになります。
思考や感情はところかまわず、あらわれますよね。
これを無くすことはできません。
しかし、この思考や感情はアスリートにとって大切なもの、つまり、集中力や洞察力を奪っていきます。今ここにいない、現実の世界にいない、この瞬間、瞬間、意識や注意が向いていない、必要以上に体に力がはいっていく。マインドレスな状態にいるということです。
ピーター先生がいう「心のありよう、扱い方」は、マインドフルネス瞑想の練習で育むことができるのです。
参考文献
Mindfulness and Performance (2016) Cambridge University Press
Comments