Athlete Wellness™の啓蒙活動をしている時、あるジュニアアスリートとお話をする機会がありました。彼は力士を目指して高校の相撲部で頑張っているアスリートです。
アスリートウエルネスのピラミッド(※)の説明をしながら、「食との関係性の大切さ」について話をしている時に、彼が中学時代の経験を話してくれました。彼は体格も良く相撲のセンスもあり、大会での成績も良く、将来が期待されているアスリート。相撲部の先生には、「強くなるには体を大きくすること。それには沢山食べる事!」と何回も言われ、来る日も来る日も無理してご飯を沢山食べたそうです。そして、当時の心境を振り返り「食べる事が本当に怖かった」と話してくれました。
知人やコーチからも、時々このような質問を受けることがあります。
「息子が少年野球チームで頑張っているのだけど、体が細くて。コーチから『もっと太らないといけない!』と言われ、本人も凄く気にしていて。何を食べたら太れますか?」
「どのサプリメント・プロテインパウダーを飲めば体は大きくなりますか?」
「身長が低いとアスリートとして不利だから、何を食べたら身長は伸びますか?」
「コーチから『あと2キロ太らないとベンチいりさせない』と言われ、子供が落ち込んでいるのですが、何を食べさせたらいいですか?」
このように「食べるのもトレーニングのうち」というのはよく聞きますが、それにより、プロ・アマ選手やスポーツ愛好家の間で、「食事」をストレスと感じている方が多いことをご存知でしょうか?
また、他人と体格を比較したり、ボディイメージを気にして「自分は劣っている」と考えてしまい、「食事」をストレスと感じるアスリートもいます。最高のパフォーマンスには良質なエネルギーが欠かせなく、それには食事は必須です。しかし、「食との関係性」が悪くなってしまうと、パフォーマンスの低下だけでなく、様々な問題が生じます。
先日、アメリカでエモーショナル・イーティングを専門にコーチングを行っている先輩ヘルスコーチのKannaさんとお話をする機会がありました。彼女は、エモーショナル・イーティングを克服された方で、その経験からエモーショナル・イーティングで悩んでいる方をサポートしています。
彼女は幼少から大学まで馬術の選手をしていたアスリートで、様々な試合や全国大会にも出場していました。同じ馬術クラブの選手が、国体優勝、全日本優勝、オリンピック出場等結果を出している中、彼女は同じような結果を出すことができなかったそうです。そして、気が付くと夜中にクッキーを一箱食べる等Binge eating(むちゃぐい障害・過食障害)になっていたそうです。
エモーショナル・イーティングは、eating with emotion (何らかの感情と共に食べる)
エモーショナル・イーティングは、お腹が空いたから食べる等、私たちの生命活動に必要な栄養素を補給する目的で食べる行為とは異なります。例えば、テストで100点をとった時にご褒美としてケーキを食べる行為もエモーショナル・イーティングですし、特定のネガティブな感情をコントロールする、ストレス発散でポテトチップスを一袋食べる行為もエモーショナル・イーティングです。
エモーショナル・イーティングは、アルコールやたばこ等の嗜好品による気分解消行動と関連して説明されることが多いですが、「ストレス、悲しみ、孤独等不快な感情に対処する為に食べ、食べた後には感情的な問題が解消されるわけではなく、胃がパンパンになったのを自覚して、さらに気持ちは低迷し、そして不快な感情を対処する為にまた食べる」、このようなエモーショナル・イーティングが問題なのです。
つまり、問題となるエモーショナル・イーティングとは、食べ物を、
(1)栄養補給や満足感意外の目的で使う
(2)不快な感情等感じたくない感情の対処策として使う
(3)気分をよくする、自己をなだめる、逃避したい、コントロールしたいという気持ちで使う行為で、「食習慣と感情」が融合したものです。
エモーショナル・イーティングの特徴は、
(1)突然始まる
(2)感情は具体的
(3)得たいものは「満足感」
(4)特定の食べ物を渇望する(多くの場合、comfort food(幸福感を与える食べ物)と言われるもので、砂糖、炭水化物や脂質が多く含まれる食べ物です。)
摂食障害は女性に多いと言われていますが、海外データでは、National Eating Disorder Association等の公開情報を調べていくと、摂食障害に悩んでいる男性も少なくありません。また、高校や大学でスポーツ競技をやっているジュニアアスリートの間でも、摂食障害に悩んでいるアスリートは少なくありません。
エモーショナル・イーティングを繰り返す人が直ちに「過食症」「むちゃ食い症」「乱れ食い行動」等の摂食障害になるとは限りませんし、エモーショナル・イーティングで悩んでいる全ての人がそのような摂食障害症状に発展するとも限りません。しかし、エモーショル・イーティングは、ある種のSOS信号です。深刻な問題に発展する前にその根本原因を探り、適切な対処をすることが必要なのです。
エモーショナル・イーティングの対処法として、「食べたくなったら水を飲む」「孤独感を感じないように犬や猫と遊ぶ」等と紹介しているWEB記事もありますが、エモーショナル・イーティングはその根本原因を対処しない限り、繰り返されます。
スポーツ心理学とエモーショナル・イーティング心理学の勉強をして、初めてアスリート・スポーツ愛好家による摂食障害に悩んでいる人が多いこと、摂食障害とスポーツ依存との関連性が強いことから一緒に議論されることが多いこと、そして、食との関係性に悩んでいるアスリート・スポーツ愛好家は少なくはないことを知りました。
また、エモーショナル・イーティング心理学を勉強して初めて、私もエモーショナル・イーティングをしていたことを知りました。私の場合は、ローススクール卒業後法律事務所に入所した時期から、エモーショナル・イーティングと思われる行動が増えていったと思います。私が卒業したロースクールは、1970年代の映画「ペーパーチェース」さながらの環境で、その後入所した大手法律事務所は、海外テレビドラマに出てくるような「生き馬の目を抜く」激しい競争環境でした。プレッシャーに押しつぶされそうな時に、気分転換でクッキーとコーヒーを摂るようにしていました。しかし、一回に食べるクッキーの量が増えていき、気が付くと、夜にアイスクリーム・揚げ物等を沢山食べるようになっていました。
独りで悩まないで、相談できる人に頼るのも大切
エモーショナル・イーティング心理学の勉強を進めていく中で、原因やトリガーも様々、行動や感情も様々、感情と共に食べる物も様々で、人それぞれのパターンがあることを知りました。
エモーショナル・イーティングを克服するのは、「エモーショナル・イーティング」について知ることから始まります。エモーショナル・イーティングは、一晩で克服できるものではありません。その根本原因を客観的に把握し、対処していく為のジャーニーを歩みながら、その対処法を少しづつ取り入れていきます。そして、このプロセスをサポートしてくれる人も重要です。
エモーショナル・イーティングで悩んでいる人は、社会的に孤立しがちです。また、エモーショナル・イーティングで悩んでいる人の多くは、気軽に相談する相手がいなかったり、相談することが恥ずかしいと思っていることも。
私もそうですが、アスリート、ビジネスエグゼクティブ、プロフェッショナルの皆さんは、常に結果をだすことが求められています。そして、その責任感から一人で抱え込んで処理しようとし「孤独」になりがちです。つまり、自分の弱さを他人に見せることを難しいと感じている人が多く、気合と不安の狭間で悩んでいるのだと思います。現役中に摂食障害になったアスリートは、引退後も摂食障害に悩まされる可能性があるそうです。
私は、アスリートウエルネスを「アスリートがひとりの人間として、現役中はもとより、第二の人生においても生き甲斐を見つけて輝く人生を実現できる基盤。持続可能なパフォーマンスを支える心技体のバランスを整える基盤。」と定義しています。この定義は、アスリートのみならず、スポーツ愛好家、ビジネスエグゼクティブ、プロフェッショナルにも当てはまります。
エモーショナル・イーティングは、良い意味でも悪い意味でも、誰もが経験します。より多くの人にエモーショナル・イーティングについて知ってもらい、正しい知識のもと、アスリートウエルネスの向上、パフォーマンス向上の為に早期発見し、適切な対応をとってもらいたいと思います。
(※)アスリートウエルネスのピラミッドは、「Athlete Wellness™」における行動変容コーチングのアスリートウエルネスの動画を参照してください。
ありがとうございます。
ととも参考になります!